#7 幸せな逡巡

最近、とても好きな曲がある。

井上陽水の「覚めない夢」という歌。
歌い出しはこうだ。
 
あなたを好きになれば幸せになれるかしら
おそらく なれない
私がまだ知らない夢に連れ出してはくれるけど

 

 
そして二番の頭にはこう来る。
 
あなたとお別れして幸せになれるかしら
おそらく なれない
私はもういろんな夢をあなたと共に見たから

 

 
旅から帰る車の中で
「最近この曲がすごく好きなんだよねー」というと、
助手席に座る後輩は
「めっちゃ切ないっすねー」としみじみ言った。
 
ああ、そうか。
普通はそう思うな。
そう思って私は黙っていた。
 
でも本当のところ、どっちを向いても幸せではなく、
でもどこか幸せに近いものを感じてしまって
ずっと逡巡している一人の人間を、
私はすごく素敵だなと思った。
こんな関係性を誰かともてるなんて、そんな幸せなことはないではないか。
 
人と人との間に、絶対的なものなど何もないと私は思っている。
というと世の中のあらゆる夫婦に怒られてしまいそうだが
言いたいのは、約束、という人間社会の証文よりも
井上陽水が歌う「魔力」のような、えもいわれぬ引力の方がずっと
私たちが誰かを思う真実ではないか。
 
それはべつに恋愛感情に限らない。
親友と呼べる人、一度もあったことすらない憧れの相手、無二の戦友、
どこか不思議な距離感を保ちながら、お互いに、お互いの勝手な思いを抱いて向き合って
結果、お互いのあいだに何かしら正の関係性を生んでいる。
人と人の関係などそれでいいのだと、むしろそれが理想なのだと思っている。
 
私はこう思っているのに、あなたはなぜ?
なんてどの口が言うのだろう。
私がどんなふうにあなたを思っているかなんて、到底あなたには分からない。
あなたがどんなふうに私を思ってくれているかなんて、到底私には分からない。
 
陽水はこうも歌う
 
あなたを夢に見ればよろこびは続くのかな
おそらく続かない 私はまだ未来の夢を描き切れていないから

 

 
そう、全ては私の中の世界なのだ。
その小さく広い世界の中で、幸せな逡巡を繰り返すこの人を、
私は心からうらやましいと思うのだ。